昨日の記事で有益な習慣をいくつか紹介した。その中から今日は読書について思ったことを書く。
僕は学生の頃から人並み以上に本を読んでいた。
最近になって、本の読み方について後悔したことがある。
本は目的によって読み方が違う
学生の頃の僕は基本的に小説を読んでいた。
小説を読むことは語彙を増やしたり感受性を豊かにしてくれる素敵な娯楽だ。
小説は基本的には娯楽のための媒体だから、難しく構えること無く、装丁が素敵な本や興味をそそられる本を好きなように読めばいいと思う。(もちろん示唆に富み、学びの多い小説はたくさんある。)
なので今回は、ビジネス書や自己啓発本の読み方について書く。
ビジネス書や自己啓発本は何かを得るために読む物だ。それは何らかの問題の解決法が本という体裁で提供されているだけだ。買い手は、何かを得ることを期待してその本を購入する。
僕は本の種類によって目的が違うということを理解していなかった。そのため、小説もビジネス書もどちらも同じ様に読んでいた。
これは大きな間違いだった。
本を読むことが目的になっていないか
何のために、その本を読むのだろうか。
小説では装丁から内容まで含め、本そのものが娯楽体験だ。読むことが目的で、装丁を汚さないように丁寧に読み、それを味わえばいい。
しかし、ビジネス書や啓発本は違う。
これらの本の読み手には、何らかの学びを得るという明確な目的がある。
だから、本を汚さずにキレイに読むとか、そういった体裁はどうでもいい。いかに多くの学びを得られるかという一点が大切なことだ。
マーカーを引き、ドッグイヤーをつけ、書き込みをしよう。いくら汚してもいい。いかに学びを得るかということだけが重要なことだからだ。お金を払って購入した本を汚したくない、本はキレイに読むものだという思いもあるかもしれない。僕にはあった。最初、本にペンを入れることに抵抗を感じた。
しかし、一度やってしまえば段々と快感に変わってくる。
ビジネス書や啓発本は参考書みたいなものだと思えばいい。
その本を購入したのは、何か解決したい問題があったからだろう。それを汚さないのは、野球をするためにバットを買ったのに、バットを傷めないように優しくボールに当てようとしているのと同じ様なものだ。使い方を間違っている。道具には適切な使い方がある。それを間違ってはいけない。
更に、読書ノートを書いて内容をまとめるといい。
知識を知恵に育てる
本を読んで得られるのは知識だ。しかし、そのままでは、ただ知っているというだけだ。
知識というのは、自分の経験を通じて具体的に活用できるようになると知恵になる。
知識はただの知っている情報のことだが、知恵は能力だ。
本で仕入れた知識は、具体的に活用できるようになって始めて自分の力となる。
知識を知恵に育てる。そのために必要なのが実践だ。
本から学んだことは必ず行動に反映しよう。このプロセスを飛ばして能力を向上させることはできない。
本は、知恵(能力)を得るための方法(知識)が書かれたものだ。
それを意識して読み込み、実践することで、読書によって能力を伸ばすことができる。
そのことを知らずに本を読んでいても、知恵が身につかずにただの頭でっかちになってしまう。時間の無駄だ。
以上のことを知った上で読書をする。これが読書のゼロ地点だ。
さあ、本当の読書をはじめよう。
明日は、音楽を聞くことについて思うことを書きたいと思う。
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