「あたりまえ」なんかじゃない

こんにちは

ミギマワルです(@migimawaru

 

集団に所属して時間を過ごしているうちに価値観は無自覚に変化している。

ぼく自身の経験として、有給休暇は取得できないのがあたりまえで、残業代が出ないのがあたりまえ、顧客のために奉仕するのがあたりまえで、休日にイベントに参加するのがあたりまえという職場にいたことがある。

だから、たまに別のコミュニティの人間と話した時に自分の組織の異常さ、自分の認識の異常さを思い知らされた。ぼくの例は極端かもしれないが、これは大なり小なりどこの組織に所属していても起こる現象だと思う。

普通にサラリーマンとして働くと、自分の置かれている環境を基準に社会を認識する。

「あたりまえ」の基準が自分の所属組織の基準へと狂わされていく。

人間関係は価値観の大部分を共有することで円滑に行われる。

まったく違う価値観を持っている人間同士では、あらゆるところで意見の対立が起こる。軋轢が生じる。

昨日の更新でも書いたが、人間には無意識に周囲に同調しようとする機能が備わっているから、無意識に周囲の人間に合わせて価値観が変化させられていく。人は同調することで価値観を共有して軋轢を小さくしようとする。

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時間の経過とともに給料の相場、福利厚生の程度、勤務時間の計上について、価値観が変化させられ、あらゆることが周囲の人間に合わせて「あたりまえ」になっていく。

しかし、それは本当は「あたりまえ」なんかじゃない。

有給休暇の取得など当然の権利が行使できないのが「あたりまえ」なのは、そうした環境にいるからであって、それはその集団の中で「あたりまえ」とされているだけだ。外の世界、世間と比べたら異常なことかもしれない。

自分では「あたりまえ」だと思ってしまっていることも、定期的に外部の情報を入れて認識にズレが無いか確認したほうがいい。

自分が「あたりまえ」だと思っていることは、外の世界では異常なことかもしれない。

 

それでは、また!

ミギマワル(@migimawaru

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