【資本主義社会での適者生存】現代社会で生き残るためにできること

資本主義社会での適者生存

日常にストレスが多いと、休日のために金を稼ぎ、その休日に1週間分の空気を積み込んで次の1週間に備える
そして、たまには新鮮な空気を吸うために大金を支払うというような生活に陥りやすい

日常に余裕がなくなると取り入れる情報も狭い視野のものになりがちだ

スキマ時間に眺めたインターネットで紹介されていた最新のスポット、流行の服

なんとなく垂れ流していたテレビで紹介されていた新しい車、素晴らしいライフスタイル

ドラマや映画の中では登場人物たちの泥臭い日常は描かれずに楽しい部分だけが切り出されて、あんな人生を生きたいと思う

だけど、それらは現実じゃあない

それを見た人間に新しい欲望を植え付けるために誰かが作り上げた最新の幻想だ

幻想はコピーされ、増殖し、そこら中に溢れてくる

一定の規模拡散したそのウイルスはブームを作り出し、やがて飽きられるか、そうでなければ日常に変わる

欲望を喚起する幻想は無限に供給される

それが終わることはない。それが終わるのは人間が終わるときだ

人間はずっと新しい欲望を求めている

自分を行動に駆り立てる刺激を常に求めている

だけど無防備にそうした幻想による洗脳を受け続けていると稼いでも稼いでも金は足りない

常に新しい消費が待っているからだ

資本主義社会で生き残るためにぼくたちは誰かの創り上げた幻想に対する抵抗力を持たなければならない

自分がどうなりたいのか思い描き、そこへ向かうために要らないものは切り捨てる

他人の創った幻想に惑わされないように、この消費を喚起する幻想だらけの環境に適応しなければならない

環境に適応できなければ、いよいよぼくたちは息苦しく、息をするために金を払うようになる

手持ちの資金で足りない分は将来の稼ぎを前借りして買い込む。普通の幸福を。

最終的には「平均的幸福な人生」という幻想に飲み込まれ、ローンで固められて身動きが取れなくなる

そうなる前に環境に適応し、幻想に対する抵抗力を持たなければならない。そう思う

人は何にでも慣れる

どんな環境にでも慣れる

だからこそ本来いるべきじゃないところにいつまでもズルズルと居着いたりもする

まずは望ましいかたちで環境に自分の身を適応させることだ

消費などしなくても日々をあたりまえに過ごしていけるように

定期的に”たまの贅沢”という名の消費をしなくてもいいように

いつもどおりの健康的な飯を食って、寝ればコンディションを回復できるように

その環境でも強く生き残れるように

適者生存だ

環境に適応するのだ

質素な生活というのは、あらゆるものが飽和している現代では、往々にして健康的な生活と同義だ

ローコストで生き残れるように適応すればそれだけで戦況は好転する

新築、新車、新品、そんなものは必要ない

新しいことに意味があるわけじゃあない

必要機能を満たすことが重要なんだ

資本主義社会で生き残るためには他人の創り上げた幻想に惑わされない自分の価値観をつくることが大切だ。

そう思った。

 

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